はじめに
膵臓は胃の背側に位置する主に消化液を産生する臓器ですが、重要な働きの一つとしてインスリンという血糖を下げるホルモンを産生します。インスリンが十分に産生されなかったり、産生されているにも関わらず、インスリンに対する感受性が低下することによって血糖が高くなる病気が糖尿病です。現在、我が国で糖尿病の治療を受けている患者さんは300万人を超えており、糖尿病が強く疑われる成人男女を含めると1,000万人近いと言われています。
糖尿病が進行すると細い血管の血流が低下し、さまざまな臓器に障害を引き起こす結果、いろいろな合併症を引き起こします。糖尿病により、引き起こされる3大合併症として、腎症、網膜症、神経障害が挙げられます。このうち、腎症から慢性腎不全に陥り、血液透析が必要になると、生命を脅かすことになります。このような患者さんの平均余命は5年と推定されており、わが国の糖尿病慢性腎不全患者さんの5年生存率は55%と言われています。これは通常の癌全体の生存率より悪い成績です。
そこで、移植医療が適応となります。我が国では、今のところインスリンを産生する能力が全く枯渇した1型糖尿病患者さんのみが膵臓移植の対象となります。このような患者さんの多くは移植が必要となったときに、腎機能も低下し慢性腎不全となって透析をされていますので、腎移植も適応となり、膵臓移植の約80%は膵腎同時移植となります。
適応疾患
糖尿病には、インスリンが作れない(1型糖尿病)とインスリンは作れるが、インスリンに対して感受性が低い(2型糖尿病)に大別されます。糖尿病の98-99%は2型糖尿病ですが、我が国で、現在膵臓移植の対象になるのは1型糖尿病患者さんのみです。1型糖尿病は比較的若く(多くは学童期や青年期)発症し、自己免疫疾患(自分の細胞が、自分の細胞を攻撃する)によりインスリンを産生するβ細胞が破壊される病気です。なぜこのように、自分の細胞が、自分の細胞を攻撃するのかは分かっていません。
したがって、ほとんどの1型糖尿病患者さんは発症と同時にインスリン注射による治療を開始します。しかし、非常に血糖が不安定で、血糖が高いことも問題ですが、よく低血糖発作も起こします。普通の人が低血糖になると、空腹を覚えますし、寒気がして震えたり、冷汗や動機がしたりしますが、最終的に血糖が低いことで意識を失うことはほとんどありません。何度も低血糖を繰り返している1型糖尿病患者さんは、低血糖に慣れてしまい、このような症状を自覚することなく、非常に低い血糖となり、いきなり意識を失うことがあります。これを無自覚性低血糖意識消失と言います。膵臓移植が必要となる患者さんは、1型糖尿病患者さんでも、インスリンを産生する能力がほぼ枯渇し、このような無自覚性低血糖意識消失を繰り返す人です。いきなり意識を失うわけですから、常に低血糖に対する不安を抱えており、仕事や通常の生活にも支障をきたしています。膵臓移植を受けることで、安心して過ごせるようになり、社会復帰も可能となります。
また、膵臓移植を受ける約80%の患者さんが、実は糖尿病によって慢性腎不全となり、透析も受けていますので、膵腎同時移植の適応となります。このような患者さんは予後が思わしくなく、膵腎同時移植によって生命の延長が期待できます。
膵臓移植をご希望される患者さんは、膵臓移植の適応基準を満たし、日本臓器移植ネットワークへの登録が必要となりますので、まず、主治医とご相談していただき、国内の膵臓移植実施18施設(日本膵・膵島移植研究会HP http://plaza.umin.ac.jp/~jpita/pancreas/06.html参照)のいずれかを受診してください。
手術の方法
手術は全身麻酔で行われます。したがって、全身麻酔が受けられないような病気(例えば虚血性心疾患など)はあらかじめ治療しておく必要があります。現在、国内で行われている膵臓移植のほとんどは脳死ドナーからの提供ですので、いつ脳死ドナーが出て、移植手術が行われるか分かりません。日頃からの体調管理、準備が重要です。
膵臓は通常、右下腹部の足に流れる血管(外腸骨動静脈)に膵臓の血管をつないで移植されます(図1)。傷の大きさはおおよそ15㎝です。膵腎同時移植の場合は、左側の下腹部に腎臓を移植します(図2)ので、左右の両下腹部に手術の傷ができます。膵臓も腎臓も元々の自分の臓器は摘出しません。膵臓は膵液と言う消化液を作るため、これが流れる十二指腸という腸と自分の腸(もしくは膀胱)をつなぐ必要があります。腎臓は尿を作りますので、自分の膀胱に移植された腎臓の尿管をつなぎます。
移植後は必ず免疫抑制薬の内服が必要となります。免疫抑制薬を内服しないと間違いなく、移植された臓器は拒絶され、働きを失います。
【図1】膵臓移植(十二指腸と腸管を吻合した場合)
【図2】膵腎同時移植(十二指腸と膀胱を吻合した場合)
移植成績
我が国では、そもそも膵臓移植が必要な1型糖尿病患者さんが比較的少ないこと、脳死ドナーが少ないことなどから、膵臓移植件数は欧米に比べると10分の1以下です。しかし、成績は諸外国と比べると同等かそれ以上に良好です。これは日本のドナーの年齢が高いことや、移植をされる患者さんの糖尿病治療や透析を受けている期間が長いことを考えると、世界でもトップレベルの成績と言えます。
日本の膵臓移植待機患者さんの5年生存率は約75%ですが、膵臓移植を受けることで約95%となります(図3)。また膵臓が機能している(インスリンを産生している)率は移植後1年で約86%、5年で約74%と、これも諸外国と比べて優秀な成績です。
【図3】膵臓移植における患者生存曲線と膵・腎グラフト生着曲線
出典:膵臓移植の長期成績向上に向けて ~膵グラフト生着に影響を及ぼす因子の検討. 移植51(2/3)2016
膵島移植
膵臓移植は1型糖尿病患者さんにとって、非常に有効な治療方法ですが、全身麻酔による開腹手術を必要とします。実は膵臓の中のインスリンを作る細胞(β細胞)は膵臓の中にある組織の1%の膵島(ランゲルハンス島)という組織(図4)の中にあります。したがって、この膵島さえ取り出せれば、これを移植することで糖尿病は治ります。膵島は膵臓の中に点在しています。膵臓をうまく膵島組織とそれ以外に分離して、集めた膵島のみを移植する治療法が膵島移植です。この治療法では膵島を肝臓の血管の中に点滴のように注射するだけで移植(図5)できるので、全身麻酔による手術が必要ありません。患者さんには非常に優しい治療方法ですが、膵島を分離する過程、移植された膵島が生着する過程で、かなり膵島が失われていることが分かっており、今のところは膵臓移植に比べると治療効果が劣ります。また、拒絶反応は起こりますので、膵臓移植同様、免疫抑制薬の内服は必要です。
2016年に、新しい免疫抑制方法を用いた、米国を中心とした多施設共同研究の結果が発表されました。膵島移植前にほとんどの患者さんのHbA1cが7.0%以上であったのに対し、膵島移植1年後には約9割の患者さんが、HbA1cを7.0%以下で維持できることが分かりました。我が国でも同様の免疫抑制プロトコールを使用した臨床試験が2012年から開始されており、インスリン注射がほぼ必要なくなった患者さんもいます。
膵島移植についてご質問がある、もしくはご希望される患者さんは、まず国内の膵島移植実施11施設(日本膵・膵島移植研究会HP http://plaza.umin.ac.jp/~jpita/islettransplant/06.html参照)のいずれかにご連絡をお願いします。
【図4】膵臓組織内の膵島(ランゲルハンス島)
【図5】膵島移植